• silkroadpartnersuz

プロフとピラフの歴史

最終更新: 2019年12月2日


昨年のフードイベントでもご紹介した『プロフ』。


ウズベキスタン料理 プロフ

ウズベク料理の代表とも言える料理で、家庭では週に1度は食べられます。

お客さんが来たときや結婚式などのパーティでもよくだされ、国民にも愛されるお米料理。

日本では似たような名前『ピラフ』であれば、聞き慣れた料理でしょう。

日本でいう『ピラフ』、ウズベキスタンの『プロフ』はもともと同じもので実は『ピラフ』の歴史は、ウズベキスタンあたりから始まったとも言われています。

『ピラフ』について調べてみると、このように記載されています。(Wikipediaより)下記引用

------------------------------------------------------------------------------------------------------

ピラウ(ピラフの語源となった言葉)が記述される最古の文書の一つはアレクサンドロス大王の歴史で、バクトリアの歓待で記述される(バクトリアは東イラン地域であり、アレクサンドロスの妻ロクサネの出生地で、地理的に現在のウズベキスタンに位置する)。

アレクサンドロスによるソグディアナの都市マラカンダ(現サマルカルド)占領においてこの料理が供されたことが知られている。アレクサンドロス軍がこの料理をマケドニア王国に持ち帰り、東ヨーロッパに広まった。

ピラフの正しい調理法の最初の記述は、10世紀の学者イブン・スィーナーによるものと考えられ、医療科学に関する著書において数種類のピラフを含む様々な食事について、調理に使われる個々の材料の利点と欠点が記述された。

このため、イブン・スィーナーが現在のピラフの父と考えるタジク人もいる。

ピラウは年月を経て、アラブ人、タジク人およびアルメニア人による様々な変化と改良を伴い、中東の定番料理となった。ブハラ・ユダヤ人、ペルシャ・ユダヤ人によりイスラエルに伝えられた。

-----------------------------------------------------------------------------------------------

このように『ピラフ』はもともとウズベキスタンあたりから発祥したという説は正しいのかもしれません。

ちなみに世界で様々な『ピラフ』が存在しますが、ウズベキスタンの中でも地方によってプロフが異なります。

首都タシケントはにんじんとお米と肉を混ぜますが、サマルカンドはお米を盛った後ににんじんを全体に盛り、最後に肉を盛るという方法。

今あるサマルカンドのプロフは14世紀、アミールティムールによって命令されて作られたものと言われています。

ウズベキスタン料理、歴史も深くとても興味深いです。

#ウズベク料理 #プロフ #SilkRoadPartners #シルクロードパートナーズ

Copyright© 2018 Silk Road Partners All Rights Reserved

  • Instagramの社会のアイコン
  • Facebook Social Icon