​古い遺跡が残る落ち着いた町

ブハラ観光情報

国土の真ん中あたりに位置するブハラ。

かつてシルクロードの中継地として、またイスラム文化の中心として栄えた町。

歴史は古く、紀元前3世紀には砦が造られた町だったと言われています。

9世紀にはサーマーン朝の首都となり、文学や学術の中心として栄え

世界的有名な自然科学者イブン・シーナ(アヴィセンナ)やイスラム教の

ハディースを収集したアル・ブハーリーを輩出。

また16世紀からはシャイバーニー朝の首都となった後、20世紀初頭まで

ブハラ・アミール国(ブハラ・ハン国)の首都として位置づけられ、

商店街やモスク、メドレセが造られました。

そして各地からイスラム教徒が巡礼や修学のため訪れるようになり、

「聖なるブハラ」と呼ばれるようになりました。

落ち着いた静かな雰囲気のブハラは1993年に世界遺産に登録されています。

​ブハラの見どころ

イスマーイール・サーマーニー廟

Ismail Samanid Mausoleum

875年から999年の間続いたサーマーン朝時代、2代目君主のイスマーイールが父親のために建てた霊廟です。しかし、その後彼自身や彼のたち孫たちも葬られました。サーマーン朝が滅びた後、土に埋められたため、モンゴル軍などに破壊されることなく、1925年に発見されました。

イスラム教、そしてゾロアスター教2つの特徴が現れている建築物であり、4隅にあるドーム、4つのアーチ、また火を焚く祭壇はゾロアスター教の影響だと言われています。また、外壁の煉瓦は、太陽の角度により色が異なるように見えるようになっており、当時の幾何学の発達が思い知らされる場所でもあります。そのため、考古学者や建築家にとっても、興味深い場所です。

​現存する中央アジアのイスラーム建築で一番古いと言われています。

チャシュマ・アユブ廟

Chasma Ayub Mausoleum

チャシュマとは泉、アユブとは預言者ヨブのことであり、ヨブの泉という名の建物。

かつて、ヨブがこの地を訪れたとき、杖で叩いたところ、地面から水が湧き出て、砂漠で水不足に苦しむ人々の助けになったという伝説がある場所です。

そのため、現地の人々にも人気の観光地になっています。12世紀に円錐の屋根が建てられ、その後14世紀には真ん中のドームが、16世紀に手前側のドームが造られたため変わった形の建物になっています。

アルク城

Arc Citadel

『アルク』とは城塞という意味で、5世紀から20世紀初頭までブハラの支配者の居城地でした。

そのため、幾度か戦闘の場となり、その度に形は変わってきましたが、今ある形は18世紀に造られたものです。1920年にはソビエトの赤軍とブハラ・ハン国で大規模な衝突があり、焼失してしまったため、石造り部分しか残っていません。

正面入口から入った場所は昔、囚人が収容された場所であり、現在は人形で当時の姿が再現されています。

 そして中に進むとモスク、博物館、王座の間などがあります。

王座の間は当時王に背を向けることは不敬とされていたため、入口のすぐそばに壁が設けられています。

博物館では古代から中世期までのブハラを知ることができます。

またアルク城の前にあるレギスタン広場では歴代、王に反する市民たちが処刑された場所でもあったそうです。

​カラーンモスク、カラーンミナレット、ミーリアラブメドレセ

Poi Kalyan Mosque, Kalon Minaret, Mir-i Arab Madrasah

カラーンとは大きいという意味。その名のとおり、カラーン・モスクは1万人を収容できるモスクで、8世紀アラブ人に建築されて以来、金曜モスクとしての役割を果たしていました。しかし13世紀、チンギス・ハーンによって破壊されてしまいます。現在のモスクはシャイバニ朝時代、1514年に建てられたものです。

またすぐ隣にあるカラーン・ミナレットは1127年に建てられて以来、ブハラの象徴となりました。

高さ46メートルのミナレットは、チンギス・ハーンにも破壊されませんでした。

近くにいってみると、統一された模様ではなく、少しずつ異なった模様でできていることがわかります。

そして、その向かい側に立つ建物がミーリ・アラブのメドレセです。1536年ウバイドゥラ・ハーンによって建てられたもので現在も学生が住みながら勉強をしています。

​ウルグベク・メドレセ

Ulugbek Madrasah

サマルカンドにあるウルグベク・メドレセ同様、ウルグベクによって建てられたものですが、実はブハラのこのメドレセの方が古いものとなります。1418年に建てられたのは、当時ブハラで勢力をもっていたナクシュバンディー教団の指示を得るためだったと言われています。入口には『向学心こそ、ムスリムになくてはならない』と、ウルグベクらしい言葉が彫られています。

現存する中央アジアで一番古いメドレセで、ウルグベクの学問に対する想いが込められたメドレセです。

​ナディルディヴァンベギ・メドレセ

Nodir Devon Begi Madrasasi

ブハラ旧市街の中心にあるのがリャビ・ハウズの横にあるメドレセ。1622年ブハラ・ハーン国の大臣ナディール・ディヴァン・べギによって作られました。中はお土産屋になっており、観光シーズンは中で夕食を食べながら民族舞踊ショーを見ることができます。平和を表す鳳凰が白いシカを掴んで、顔のある太陽に向かって飛んでいる絵が描かれています。実は、これは旅人の休憩場キャラバンサライとして建てられましたが、ハンがこれを見て「すばらしいメドレセだ!」と言ったため、急遽メドレセにしたと言われています。

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